生活集

22歳

卒論出せた~(20201220)

f:id:oishiiringoo:20210427203318j:plain


12月17日木曜日、卒業論文を提出しました。

これを書いているのは12月20日。すごく雪が降っている。基本引きこもっているから、外に出るたびに気温の変化に驚愕してしまうわ。でも、提出した日のお天気は良かった。同じ気温でも晴れてると気分が違う。朝カーテンをシャーって開いて曇ってたら、気分もどんよりするもんね。まあ最近は朝に起床できてなかったんだけど。

12月に入ってからの記憶は割と曖昧。生活リズムは終焉。4時間以上連続して眠れなくなった。かといって睡眠不足ということはなく、小刻みに、毎日10時間くらい眠っていた。合間に食べて、ぼんやりして、卒論の加筆修正をして、進捗報告メール。たまに買い物に出たり、研究室に指導を受けに行ったり。日付感覚は完全に狂ってしまった。3日くらい前に見たメールにそろそろ返信しようかと開いたら、来たのは今朝で、まだ8時間しか経っていない。とか、そんな感じだった。ほとんど部屋から出ていないし、4、5日お風呂に入ってなかったときもある。気がする。正確な時間経過が分からないから、本当はちゃんと毎日入っていたのかもしれないし、もっと入っていなかったかもしれない。けれどそんなのは些末な問題で、わたしは卒論を書き上げて、提出した。つまりとっても偉いのです。

卒論を書くことそのものは、そこまで大変じゃなかった。先生がちっちゃい締切をたくさんたくさん作ってくれたおかげで、根を詰めなければならない日・ピークができなかったから。ふんわりゴールにたどり着きました。精神的に辛かったのが10月あたり。結論が見えないままにとりあえず書き進めていたから、本当に終わらせられるんだろうか?と胃が痛かった。逆に終盤は、積み上げていった個々の分析が結論に向かって収束していく感覚で、結構楽しかったな。

2万字も書けないよ~ぴえん…なんて言ってたところから、文字はどんどん増えるのに収拾つかん終わるビジョンが見えんヤバみ…になって、最終的には4万と2000字。ちゃんと結論にたどり着けて良かったよ。ゆるふわ論文ではあるけれど、おおむね満足!達成感!

でも、書き終わったらオシマイ!じゃないからね。提出するまでが卒論です。製本に使ったのは自分のプリンター。最後の大仕事かな?1万円ちょっとで4年間、かなり酷使したのに疲労故障もせず、がんばってくれました。そういえばPCも壊れたことないな。で、印刷出来たら製本。うちの学部は卒論の体裁がほとんど何も決められていない(文字数すら!)のだけど、黒表紙とともに紐で左側を綴じるってのは決まってた。普通にメール提出させてくれや……と思わないこともないが、製本して50頁の重みを手もとに感じた時、あ~本当に書き終わっちゃったんだなあと、なんだか感慨深い気持ちになりました。

そして、提出のために学校へ行った。先生の研究室以外に向かうのは久しぶり。なんとなくテンションが上がってしまって、フルメイクに髪を巻き、アクセサリーなんかも着けて出た。寒いので服はぬくもり重視だけど。まあね、どうせコートでほとんど見えないから。

学部の同期に会うのも久しぶりで、1年以上会っていなかった人たちがたくさんいた。軽く人見知りを発揮してしまっても、とても親切な人ばかりなので、それなりに楽しげに会話をしてくれる。友達は全然できなかったけれど、良い学部を選んだなあと思っているし、好きだよ。今から提出してきます!と宣言したら、(教務までの)階段で転ばないようにね!と言われた。提出までは気を抜けないんだ本当に。言われた直後に足を踏み外しかけて実感した。

卒論は、拍子抜けするほどあっさり受理された。いや別に何かを期待していたわけではないが、一応4年間の集大成なので、もっとワーッという気分にでもなるかとちょっぴり思っていたみたい。実際には淡々と、奨学金の書類を出した時と変わらぬ温度で提出したし、受け取られた。出した証拠に引換証とかほしいなとは思った。(出したはずの紙のレポートが未提出扱いになってて単位を落としかけた経験があるので。メールなら証拠が残るのにね。)

これから暫くは、「卒論を頑張った自分はえらいので」などと理由をつけて、ぐうたらするつもりでいます。よしなに。

なんてことないことばかり書き留めた短歌というか一言日記(20201202)

蒸し暑い夜に駆けるぜ騒音バイク 

冬には静か 虫と同じだ
寒いのでとても1人で眠れない。
君の時間をくすねて生きる。
ふかふかの焼き立てパンをきっと買う!
目覚めたら夜、消えた日曜。
幼さを可愛さと履き違えるな!
高校球児みんな年下。
ご機嫌を今日も保って生きていく
300円のドライフラワー
マシュマロを溶かしたココア飲む天使
私はいつも君にかんぱい
ていねいなくらしをしたいというより余裕がほしいのよ生活に
「一食で梅干し3つ食べました」
「高血圧になっちゃいますね」

すごいなあと思いました。(20200907)

f:id:oishiiringoo:20210427202850j:plain

少し前のこと、仲の良い友人に対して、モヤ……とした。そのモヤ……は、相手にまったくもって非がなく、私の心の狭さと少しの猜疑心が原因であった。その詳細をここには書かない。誰にも言うつもりはない。とるにたらないことだから。ではない。この感情及び“私がこのような感情をいだく人間であること”に、言葉として実態を与えたくないからだ。わたし以外にこの内心を知るものがいなければ、それはほとんど存在しなかったのと同じと思う。(だからこそ普段わたしは積極的に感情の言語化を行う。そんなのせっかくうまれた感情が可哀想だから。)

ところで、わたしはエッセーやそれに近い文章を読むのが好きだ。喜び怒り期待焦り、様々な感情が詰まっている。わたしにはとてもじゃないが書けないなと思う。心の柔らかい部分を曝け出したなまみの文章。うっかり屋なもので、失敗は、たくさんしてきた。たいていの失敗は笑い話にしたり、SNSに書き留めたりしている。しかしその大小にかかわらず、自分の駄目な部分を直視せざるを得ないような失敗や“みみっちい“心の揺れは、絶対に外へ漏らさない。漏らせない。他者にはおそらく取るに足らないだろうがこれは決して知られたくない、という頑なな線引きが、自分の中にある。つまり何が言いたいかというと、「エッセイストはすごいなあと思いました。」

おやすみ。

シェア
    
 
 

香水(20200829)

f:id:oishiiringoo:20210427202658j:plain


みんな、「これが私の香りです」って言える香り、ある?香水じゃなくてもさ、ヘアオイル、ボディクリーム、柔軟剤、シャンプー、制汗剤、なんでも。煙草、珈琲、花、薬剤、動物臭なんて人もいるかも。

香りって、良くも悪くも記憶に残るよね。しかも、割とドラマチックに。良いな~。私はまだ、コレ!な香り、見つけられてない。

人と被りたくない。
でも品も感じも良くて、さわやかな香りが良い。
ちょっとくらいミステリアスでぴりっとしてて。でもキュートなあまさも欲しい。

わがまま~。あるのかな、そんな香水。

『公然の秘密』は、甘やかで“初々しいバニラ”なトップノートにスパイシーで“もどかしいシナモン”のラストノート、だったネ。けっこう理想に近いんじゃない?ミドルノートはなんなんだろう。うーむ。それこそ秘すれば花かしら。

林檎繋がりでいけば、Diorのプワゾン、アレにも憧れてた。この記事にくっつけてるのは、同じDiorでもジャドールとアディクトの写真なんだけれども。

「音楽と香水はヴェールのように漂わせておくくらいが丁度良い」って、昔好きな小説で読んでさ(、この一節だけでもうっとりしちゃうよね。)、その小説に登場する退廃的で美しい人、彼女が使っていたのが、プワゾンだった。嗅いだこともないくせに、絶対欲しかった。そういえば最近読んだ『パプリカ』の主人公も、プワゾンだったよ。ボトルも、名前も、一筋縄じゃいかない美の象徴って感じ。どきどきする、こんなの。

でもねえ、やっと大学生になって、うきうきでテスター嗅いでみたら、アレっ、なんか思ってたのと違う~ってなっちゃったんだ。期待しすぎた?勝手な想像膨らませて、勝手にがっかり……。

その後だいぶ経ってから偶然知ったのだけど、2回もリニューアルされてたんだって、プワゾン。かなり大幅に、より万人受けするように。

香水界隈詳しくないからよくわからないのですが「リニューアル」ってどういうこと?成分が変わったらそれはもう別の香りじゃないの?わかんね~。プワゾンの「概念」が大事なのか?ええ~。

うーんまあ確かに、概念も大事とは思います。例えばキャラ香水、あれはもう完全にモチーフを買っているよね。それが付加価値というか、物語を香りにくっつけている。わかるわかる。

わかるが、変わってほしくなかったあ。
わがまま赤ちゃん!おぎゃ!

ちなみに香りをきっかけに過去の記憶や感情が蘇る事を「プルースト効果」って呼ぶらしいよ。どこで聞いたかは忘れちゃった。

あと、テスターは良くても、自分の体臭にマッチするのかって問題もあるよねえ。香りの変化はわかんないし、自分の体につけて少なくとも半月くらいは使ってみないと、「自分に合う」とは言いきれない気がする。ああ、体温の高い男性の方がよく香る、なんて話もあるよね。
それに鼻ってすぐ麻痺する!3種類くらい嗅いだらもうダメ、比較なんてできたもんじゃない。

なんか文句ばっか言ってるな~。バブバブ。
わがままなところも可愛いと恋人に言われてるので直しませんけど……。

いつか私も、これがわたしの香り!って言えるような香りを見つけたい。気分やシーンに合わせていろんな香りをまとうのも素敵ですが、「あの子の香り」って思われたいの、そういうのが欲しいんです。で、わたしの好きな人間たち、似たような匂いに出会った時、まっさきにわたしを思い出すようになってほしい。

ではまた。

就活記?就活系雑記?(20200823)

f:id:oishiiringoo:20210427202505j:plain


就職先が決まりました~!(いえーいオメデトウ!)

せっかくだから、私の就職活動をふわっとまとめてみることにします。大事なことも大事じゃないこともぜんぶすぐに忘れてしまう人間なので、記録できるときに記録しておきたいのです、なんでも。

喉元過ぎれば熱さを忘れられるのはある意味幸せに生きる才能なのだろうけれども、忘れられていくあの時の気持ちをわたしだけは覚えていてあげないと、あの時のわたしが可哀そうじゃない?というのが持論。だからこの文章もほぼ自分用。それをなぜわざわざ他人にも読めてしまう場所に載せるかというと、誰か宛の文章の方が筆が進むから。文章を作るという営みですら自分ひとりで完結できないんだなあわたしは。

だらだらだらと思いつくままに綴っていくので、暇な人だけ読んでいってください。ここまで読めばもうお分かりでしょうが、参考になるようなことはなーーーんにも書いてないよ。

あと現在就活中の方が読むと普通にイラ……とする感じだと思うので、状況が落ち着いてから読んだ方が良いかも。注意!




では始めます。

とりあえずネタバレかつ概要は以下、私の就活年表ですご覧ください。

【就活年表】
2年生2月 公務員講座に申し込み
3年生5月 公務員講座開始
   夏  インターン
   3月 帰省・民間就活

4年生4月 民間企業 内定
   6月 公務員試験1次
   7月 公務員試験2次
   8月 公務員 内定
                  以上

はい。まずは私の大まかなスペック。21卒女性。4年制大学教育学部に在学中。

教育学部ですと言うと、「先生になるの?」と訊かれることが圧倒的に多いね。なりません。そもそも教職取ってないよ。同じ大学でも割と知らない人がいるみたいなんだけれど、弊大学教育学部生の教職履修率って、結構低いの。目的は“教員養成”じゃなく、「教育」そのものの学問的な研究だからね。学校教育に限らず、幅広く扱っています。その中でも私は社会教育学系を専攻し、すくすくと4年生になりました。

就活に話を戻すね。4年生よりもっと前の話からしなくちゃいけないや。

私が「就職活動」に含まれるであろう動きを始めたのは、大学2年の終わり頃。いや、早すぎるよね!大学には勉強研究しにきてんのに、なんで半分も終わんないうちに就職のこと考えなきゃなんないの?もうぷんぷんだよー!!おれが日本の雇用慣行を変えちゃるけんなーーー!

……まあ、実際にやったことは公務員講座への「申し込み」だけなんだけど。2年生の間はバイトバイト旅行バイト旅行バイトバイト旅行バイト!という生活でした。もちろん春休みも遊び回っていた。

そうして3年生がはじまって、4月。この頃は、というか基本的にずっと公務員専願のつもりだった。志望順は地元県庁>労働局(国家一般職)>地元市役所>大学職員って感じだったかなあ。


公務員講座の講義が始まったのは、5月下旬。……のはずなのですが、私は、説明会も初回講義も全てすっぽかしてしまいました。あまりきちんとスケジュール確認していなくて、気づいたら始まっていた。とんでもないドジっ子だなキミはー。てへへ。(ヌルっと始まった講座だけれど、講義自体にはそこそこ出席していました。毎日18:30くらいから始まるんだよー。シンプルにしんどかった。)

でもこの講座、確認テストなどがあるわけでもなく、ひたすら講義を聞いているだけ。途中から私はもうDVD(講義録画したやつを貸し出ししてくれるの)視聴メインにして、1.7倍速で聞いていた。もちろん講義聞いてるだけじゃあ知識はまず定着しない。しっかり自習することが大前提のこのスタイルは、はっきり言って合わなかった、やらされないとやれない系ヒューマンの私には。
公務員試験って難しいこときかれないんだよねえ。大学受験よりよっぽど簡単。でも、やらないと、知らないと、解けない問題ばっかなのよ。もー、嫌んなっちゃうよねえ。30万も払ったんだよー、講座に!結局テキスト半分以上開いてないし、模試も面接訓練も1回しか受けに行かなかった、このお金で脱毛でもすれば良かったネ、という気持ちです。はあ。

まあいいや次、3年生の夏休み。夏休みには一応、みなさん大好きインターンに参加いたしました。JR北海道の。特に希望職種もなかったから、おもしろそうなところに行ってみました。とりあえず何か「就活っぽいこと」をやってみたかったんだよね、人生経験として。切符の発券作業やバーチャル列車運転などいろいろ体験させてもらって楽しかったよ。あと、お弁当がおいしかった。

それ以外は相変わらず講座に参加する日々。でもなんだかんだ富良野やら定山渓やら、いろんなところに遊びに行けて、けっこうね、良い夏でしたよ。
あ、あと農村。調査実習のためにちょろちょろ農村行ってた。もうね、私の大学3年生は調査実習にささげたと言ってもちょっとしか過言ではない!
インタビューして資料集めて書いて書いて書いて。これはもう冬までずーっと続くんだけれど、命からがら書き上げた報告書が製本されてるのを見た時はこう、ぐっと来たよね。うんうん。

で、3年生もあっという間に終わって春休み突入よ。

3月中はまるまる地元戻って、県庁市役所大学職員国般出先機関などなどいろんな説明会に行くぞぉ!……と息巻いてたらさ、なんか新型コロナとか言い出してさ、ほんとびっくりしたよね~!?公務系の説明会もことごとく消滅!全滅!!全部!!滅!!!!

私これまで業務説明会的なの一度も参加したことなかったんだ。この春休みにまとめて参加するつもりだったから。いやいや勘弁してくださいよォと思ったね。面接ど~すんの???みたいな。

でももう地元には戻っちゃってたし、実家にいても家事ぐらいしかやることないし、民間就活、いっちょやってみっか!っつーことでマイナビリクナビをインストールした。

とりあえず良さげな企業をピックアップして説明会に参加。3つ参加したけども、ま、働いてやっても良いけど?(傲慢)と思える企業は一社だけだった。でもここ、本当に良い企業だったなあと思う。経営陣が社会における自分たちの立ち位置に自覚的なところが好きだった。女性ががっつり活躍しているところが良かった。教育福祉系の業種なせいか、全体的に「あ、人間が好きなんだなー」と感じる社員さんが多かった。

しかもこの企業、全部こっちの都合に合わせて面接日程組んでくれたんだよね。もともと公務系説明会に合わせて帰りの飛行機を取っていたから、選考が進んでく途中で北海道に戻らなきゃだったんだけど、正直にそれ話したら「最終面接もオンラインでやってみましょう!」って言ってくれてさ。一次面接も最終面接も、私ひとりに対して40分ずつくらい割いて、じっくり話聞いてくれた。その上後日、面接のフィードバックまでやってくれたのよ。公務員講座の面接訓練は受けなかったけれど、もうこれその上位互換だろ!という気持ちだった。

んでこの企業の内々定が4月頭。ここで、公務員試験のターゲットを地元県庁に絞りました。このあたりで正直ちょっと調子に乗ったね。就活、チョロ……となっていた。

その後の公務員試験の勉強は、マジで手につかなかった。心のどこかで、いや大部分が、(まあ落ちても内定先あるし……)のお気持ちだった。

この時期は、自分でも引くほどダメ。やらなきゃやらなきゃと思ってはテキストを開くことすらできず、現実から逃げるように延々とTwitterを眺める毎日。これまでの「調査実習」「民間就活」という言い訳がいよいよ無くなって、寝る食べるスマホ見る以外ガチのマジで“無”な人間が出来上がっていた。

やらないならやらないで、割り切って遊べれば良いのにね。それもできずズルズル自分を嫌いになっていくんだよなー。

こつこつ進められるひと継続できるひと、本当に尊敬します。100億万点あげます。

結局私の勉強スイッチが入ったのは一次試験の10日前。(遅すぎますよ!!!!!!)

公務員試験の勉強してる人はヤバさがわかると思うんだけれど、試験2週間前で以下の状態。

・数的処理→基礎問題はちょっと見たことがある
憲法,民法,行政法,ミクロ経済→問題集のA問題を1周
・人文/自然/社会科学→高校生ぶりだね~
政治学,行政学,マクロ経済,財政学,社会政策,労働法→初めまして^^
・刑法,経営学,国際関係→テキストすら持ってねえ

筆記試験前の1週間は、1日14~5時間勉強していた。とにかく頭に詰め込めるだけ詰め込む。さすがにこの1週間は、彼氏のことを思い出す余裕もなかった(いつも彼氏のことで頭いっぱいなこのわたしが!)。でもTwitterは見ていた気がする。「ひええショートスリーパーになりてえ〜」「せめて4月から手をつけてればなァ」「まさに"俺の人生"って感じだ………」などと考えていた。

そうそう、このご時世だけれど私の地元県庁は、試験日の延期は一切なかった。例年通り、予定通り、粛々と進んでいく。

筆記試験は6月下旬、ちょうど県をまたぐ移動の規制が緩和された時期。飛行機で帰った。といっても直接実家には帰らず、試験前日まではずっとビジネスホテルに連泊。うっかり喫煙ルームにしたらこれまでにないくらい臭いがきつくて死んでしまった。

などとツイートしたら「濡れタオルを振り回しなさい」との天啓が。半信半疑で狂ったようにタオルを振り回した。そしたら確かにちょっとマシになった気がする。これにはもう一生感謝して生きていくしかない。

そんなこんなで、筆記試験当日。
ウソでしょ???ってくらい簡単だった。確かに地元県庁は「人物重視の採用」を掲げていて、筆記試験の比重は著しく低い。いや、でもそれにしたって、公務員試験の知識なしで解けてしまうような問題もある。大学受験のお勉強をそこそこ真面目にやってた人ならまず落ちねえだろ、ってレベルでした。

そんな感じなのでまあ一次試験は普通に突破。で、二次試験なんだけれど、「適性検査(内田クレペリン)」「作文試験」「集団討論」「個別面接」、ぜーんぶ、やりました。欲張りセットだね!人物重視を謳っとるだけはあるわな。しかも全部別日、微妙に日にちをあけて呼び出すの。拠点になる実家から試験場までバスで2時間かかるわけよ。もー行ったり来たり、交通費出せ出せ出せ~!!!!!って感じ。私が理性ある大人でなければ暴れだしていたかもしれない。

試験内容自体は特筆するようなこともなかったなあ。フェイスシールド着けて集団討論したくらい?割と、終始なごやかで。

そんで結局、合格。うれぴよだね~。「人生チョロかった アハハハハッ」になってるよね~。なんだかんだ、遠距離恋愛終了がほぼ確定したことが、一番うれしいかもしれない。

例の御社には内定辞退の電話をかけた。少人数採用だったぶん内定後のアフターフォローもすごくて、本当に本当に申し訳なかった。
「院進します」というテッパン断り文句も今回は使えない、なぜならここ、今後お仕事でかかわる可能性のある企業だから。行政と一緒に事業やってる系のとこだったんだよね。嘘吐いてもバレる可能性爆高。

正直に言いました。「実は公務員試験受けてて……」。それに対する返答がまず「合格おめでとうございます」だったのはやっぱりすげえなあと思った。特に責められることもなく電話を終える。ありがとうございました。お世話になりました。私の就職活動もここで終わった。

おしまい。


え、マジでおしまいです。山なしオチなし意味なしの文章読ませてごめん。感想とかも特にない。人生チョロ!ぐらいしかない(最悪)。
就活より卒論の方が何倍も無理そう。
倍返しだ!て、やかましいわ。

こんなところまで読んだ人いるの?いる?
本気(マジ)?
ほんとごめん。めんぼくねえ。
そのうち一緒にご飯でも行きましょうね。


ぼくの就活まとめ!

【民間編】
・説明会→3社(内1社オンライン)
・受けた数→1社
・内定→1社
・費用:なし(オンライン面接のため)

【公務員編】
・説明会→なし(コロナで消滅)
・1次試験→筆記試験(教養+専門)
・2次試験→適性検査&作文、集団討論、個人面接(隔日開催)(その度に交通費とホテル代がかかる)
・費用:約40万!!!!(飛行機代、電車代、ホテル代、そしてぇ、公務員講座代〜〜!!!!)

シェア
    

友達が好き。(20200612)

f:id:oishiiringoo:20210427202000j:plain


私は大多数の他人にとってきっと、有害或いは不快な人間ではない。これは自惚れじゃあないと思う。けれども、一緒にいてメリットのある人間でもない。"メリット"なんていうと大げさかな。一緒にいて楽しいとか、それくらいの意味。

嫌われてはいない。みんな優しい。学校などで会えば、楽しくお喋りしてくれる。でも良さげなカフェを見つけた、とかちょっと映画行こう、とかさ。誰を誘おうかな?って時、私を思い浮かべることは決してない。アナタのおともだちを20人あげてみて、と言われたとして、私の名前は浮かばない。多分そんな感じ。昔からずっとこう。なんでかなあ。みんなのことが好きなのに、みんなと満遍なく、ちょっと遠距離。存在感や他人への影響力が弱いのだろうか。

そりゃあ大学生にもなれば、ふだん友達が少なくて困ることって別にない。むしろ大抵の揉め事において蚊帳の外だから、人間関係の煩わしさに悩まされずに済む。

でも、たまに寂しい。

とはいえ、友達がまったくいないってわけでもない。両手に収まるくらいの数、とても好きで、そしてこの人もきっと私を好きだろうと自負する人間たちがいる。ささいな瞬間に私を思い出したり必要としたりしてくれる数少ない人々。本当に大好きで大切だなと思う。ひょっとすると、私がちゃんと大事にできる人間の数は、このくらいなのかもしれないね。

好きな人が明日死ぬかもしれないから毎日好きって伝えたい話(20200522)

f:id:oishiiringoo:20210427201602j:plain


好きな人間には駆け引きや試すようなこと絶対しないし、いつでも全力の好意を伝えたいと思ってる。重いと思われても良い。あした誰が死んでも後悔したくないから。など語っていたら、「なんで(私)の世界観はそんな殺伐としてるの?」と言われて宇宙猫になった。

────────────────────
彼に持病があると知ったのは、付き合って半年弱の頃。大学生になって初めての夏休み。ふたりとも、地元に帰省していた。その時は、病気の詳しい内容までは聞けなかった。でも「ここ最近ずっと入院するかどうかのラインにいる」と言っていて、状況があまり良くないということだけは、わかった。

私が訊けば、詳しい内容も全部答えるつもりではいたらしい。でもきいてほしくなさそうに見えて、訊けなかった。

もうどうして良いかわからなくて、近所のちっちゃい神社に、「彼がこれ以上悪くなりませんように」って何度もお願いしに行った。良くなる病気なのかすらわからなかったから、そうやってお願いするしかなかった。旅行先でも、いろんな神様にお願いした。神様なんか大して信じてなかったのにね。「あんなに熱心に何お願いしてたの」と笑われて、君のことだよばかー!と思ったり。

結局その夏、入院は回避した。想定ほど悪い事態は訪れなかった。でも、治ったわけじゃない。そのあとも1年ちょっと、週3で病院に通っていた。(まあそれは検査のためだから、元気は元気。日常生活にはなんの支障もないし、運動も普通にできる。その頃には、病状についての詳しい話も教えてもらった。)

すごく不安だった。ふとした瞬間に、「いま倒れてたらどうしよう」「明日にはいなくなっちゃうかも」って、嫌な想像がよぎる。遠距離だからなおさら。もしものことが起こっても、私には、それを知る術がない。1日でも連絡が途切れるのが怖くて、「寂しくて1人じゃ寝れない!」なんて言って、ほぼ毎晩朝まで電話を繋ぎっぱなしにしていた。「結婚して!」って、頻繁に言うようになった。彼はうんうんそうだね〜と笑っていたけれど、本当はあれ、あながち冗談でもなかったんだよ。あなたが突然死んでしまうかも。その時、一瞬でも夫婦であった事実がほしい。だからできるだけ早く結婚したい。
……さすがにそんな不吉なこと、言えないけどね。

彼がこういうのをめんどくさがるタイプじゃなくて心底良かったと思う。頻繁に連絡するのも、「(私)は寂しがり屋さんだなあ」くらいに思っていたみたい。心配されるのをとても嫌う人だから、こっちの思惑を悟られなくて助かった。

 

今では、数ヶ月に一度検査に行くだけで良いってところまで回復している。寛解に近い。少し安心。本当に良かった。

でもあの1年半のことは、あの怖さは、たぶん一生忘れられないと思う。

今でも、大好きな人が明日には死んでしまうかもしれないと、常にうっすら感じている。彼に対してだけじゃなく、大好きな人たちみんな。これが最後の会話になるかもしれない。そう思わずにいられない。電話を切った後、今のが最後で後悔しないかな?って、会話を反芻する。

そうして私はいつだって、全力で好きを伝える。これから先も、きっとそう。