生活集

22歳

遠距離恋愛終わった途端さみしさたちが風化し始めたからあわてて保存しているよ。(20210319)

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4年間の遠距離恋愛が終わった。大学生活の終わりとともに物理的な距離、生活拠点はぐっと近くなった。きっと万感の思いが押し寄せてくるだろうとぼんやり思っていたが意外とそうでもなく、ああおわったんだなあよかったなあ、ぐらいの気持ちでいる。一区切りついた、という感じはする。でもそれだけ。高校生の頃すごーく遠くに見えた場所に来てみたら、ただの給水所だった。ゴールなんて全然見えない。私たちの関係も生活も、変わりながら続いていく、これはその一地点に過ぎない。その事実に興覚めだとかがっかりだとか言いたいんじゃない。ただ事実として、そうだな、と思う。もちろんこれまで、彼が私の隣にずっといてくれたことはとてもうれしい。それで、これからも一緒に歩いていけたら、もっとうれしい。

今の気持ちはこれだけ。あんなにいっぱいあったぶつけようのないさみしさたちは、早くも“思い出”になり始めている。けれど涙腺がおかしくなるほど泣いたいつかの気持ちを忘れてしまうのも、寂しかったわたしが可哀そうな気がする。だから、過去のメモや日記を見ながら、もう少し何か書き残しておこうと思う。

 

一応軽く紹介しておくと、恋人は、中学・高校時代の同級生。交際を始めたのは大学受験が終わってから。進学先はそれぞれ地元を離れて、飛行機+電車で会うのに半日かかる距離。交際期間はほぼイコール遠距離恋愛期間。で、来月からは同じ組織に勤務予定(と言っても配属先は県内に幅広いんだけど)。同棲や結婚はまだ先かなあとか話してる。

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遠距離の話に戻ると、寂しさに“慣れる”なんてことは、まったくなかった。慣れるどころか、よりキツくなる。だって付き合いが長くなるにつれて、好き度が増していくから。会えないの、寂しいとかしんどいとか通り越してイライラする……となることさえあった。特に眠れない夜。私の部屋には抱き枕が4体いた(内2体は恋人からもらった)が、寂しさを紛らすにはてんで役立たずだった。抱きしめ返してくれないので。そんな時は、好きな人に会えないのが寂しくて泣くというより、好きな人に会えない自分が可哀想で泣いてしまう。

寂しいから、写真や動画、ボイスメモ、LINEのスクショなんかをしょっちゅう見返す。その時間はそれなりに楽しい。楽しいけどさ、それらは過去の彼氏であって、今同じ時間を生きている彼ではないのです。会えない間は当然写真や動画はほとんど(たま~に本人から送ってもらうのを除いて)増えないから、ずーっと同じのヘビロテしてるの。今の彼がちょっと髪伸びてたとしても、スマホの中の君は変わんない。会った直後はカメラロール開けばすぐ目に入るところにたくさんいるのに、会わない間にどんどん新しい写真やスクショが増えて、彼が押し流されていく、それも寂しい。電話はリアルタイムだけどさ、いつもいつもいつもいつもスマホ越しに文字を交わして声を聞いてたまに顔を見て、スマホの向こうにいるやつ本当に私の大好きな彼氏なのか??ねえ???大丈夫?本物?全部わたしの妄想で真っ暗なスマホに向かって1人で喋ってない???とか言って。まあだからこそ久しぶりに会うと、電話したり写真や動画見たり妄想したりしてたのの100000000倍かっこええわ実物の彼氏!となるのですが(これは惚気)。

それに寂しいのって、単純に会う頻度が少ないってのももちろん大きいけれど、“会いたいときにすぐ会えない場所にいること”がとっても寂しいの。だっていつも、今すぐ会いたい会わなきゃだめって強い気持ちは、唐突にやってくる。15分前まであんなに穏やかな気持ちだったのにどうしてこんな、と自分でも驚く。それで、「なんかもう卒業まで会えなくても大丈夫な気がする」と「今すぐ会いたい会わなきゃ死ぬ」を行ったり来たりする。荒唐無稽かもしれないけれど、もし突然「明日地球が終わります」となっても会いにいけないよなあ、交通機関死ぬだろうし。電話も繋がらなくなっちゃいそうだなあ。やだなあ。って、考える。そうじゃなくても、彼の身に何かあった時、私が知るのはきっと、ずっと後。ひとり暮らしで、もし突然倒れちゃったら、とか地震が来たら、とか。すぐには助けにいけない。知る術すらない。こわい。かなしい。とりあえず2日連絡が途絶えたらアパートの管理人さんに電話して生存確認してもらうからねって話はしていたけど、すぐに会いに行けない距離って、そういうこと。

それから遠距離中ってねえ、会ってる間すらうっすら寂しいのよ。会う予定が具体的に決まったとき、それはもうとっても楽しみなのだけれど、同時にバイバイする時のことやまたひとりで毎日を過ごすことを考えて憂鬱になる。せっかく観光地を歩いていても、(早く部屋に戻って思いっきり抱きしめたいこれまで寂しかった分も……どうせまたすぐお別れしなくちゃだし………)など考えてしまって、どこか上の空だったりする。後のことなんか考えず、目の前の景色を楽しめたら良いのに、難しい。

でも実は、会いたい時にすぐ会えないことより、私だけが寂しくて私だけが会いたいんじゃないかなって思うときの方がもっと辛かった。今思うと。私と彼氏では“会う”ことの位置づけが少し違う。コロナ禍でも会うか、我慢するか、の話をしていて気が付いた。彼は私ほど、“会う”を重視していない。繋がってさえいれば(マメに電話やLINEでやり取りができれば)、年に2回くらい会うので平気らしい。「そりゃ寂しいけど、別に耐えれんほどじゃない」って。それは私にだけじゃなくて、他の家族や友人たちに対しても同じスタンス。というかそもそも人と関わらない生活が苦痛じゃない(どころか1人でいる方がよっぽど好きな)人だから、私とこれだけべたべたした関係性を維持しているのがむしろ奇跡的かも。他の人・物・事で“紛らわす”必要もないみたい。
一方で私は、友人にも彼氏にも、直接会えないことがとても苦痛。しんどい。彼は「電話で話す内容も直接会って話す内容も同じ」と考えているけれど、私は、直接顔を見てないと、近くに温度を感じていないと、なぜか「言葉」として形にならない気持ちがいっぱいいっぱいある……ような気がしている。そういう感覚の違いはもう、どうしようもない。だけど、たまに、同じぐらい苦しめば良いのに、とは思ってしまった。

そういえばわたしは手紙を書くことが好きで、彼にもよく送った。封をして、切手の柄を選んで、ポストにいれながら、こいつらはたった80円やそこらであの人に会いに行けて良いなあと、感傷的な気分に浸る。さみしさに酔えるタイプの人間だからネ。で、感傷ついでに、より鮮明に私を思い出して彼もしんどくなりますようにって半分呪うように、便せんに香水の香りを移してみたりしたこともある……(てへへ)

ちなみにこういう違いに先に気が付いたのは、意外にも、彼の方。「もし温度差とか感じてたらごめんね」と言っていた。彼も私も何も悪くなくて、どちらかが変わる必要はない(し、変えられない)と思う。でもやっぱりそれを寂しく感じる時もある。ないものねだりなんだけど。同じ気持ちになってよ!わかってよ!じゃなく、同じ気持ちになれないことが辛かったな、という振り返り。お互い相手の寂しく感じる/感じないを理解はできるんだけど共感はできなかったんだよね。

おもしろいな~だけでは済まない、もどかしくて不安でもやもやして……になっちゃう感覚の“違い”は、これからもきっと、いくつも見つかってくと思う。でも、そういう時、共感してくれなくてもたぶん、受け止めてはくれるだろうなって信頼はしてる。そういう信頼感を、私も与えられてたら良いなと思います。


大体の遠距離関連メモは(おそらく)まとめられたのでこの辺でおわり。おやすみ。